めぐまれたようで何よりです。 満点の星空なんてもう何年も見ていないなあ。 池にも入れるみたいだし、本当に豊かな土地なのですね。 かくいう私は、本日から御蔵島に行く予定だったのが 台風のため船出ず。なんと今年3度目の台風遭遇キャンセル! 夏が終わってしまうよ・・・(がくっ)
>流星も結構多く ペルセウス群の極大日(8月12日?14日)です こちらは、曇っていて見えなかった しかし、ビールが丘から藪漕ぎして下るか(スゲー)
ひとつ重要なことを書き忘れていました。今回は昼間は雲が多少あったものの(おかげで涼しかった)、夜になると拭ったように雲は消え去り、ほぼ満天の星空が楽しめました。 天の川がこれほどはっきり見えたのも初めてのように思えました。おそらく五等星ぐらいまでは余裕で見えていたのではないでしょうか。 流星も結構多く、1回だけだったけど激しく輝きながら尾をひいて流れた火球状のものも見ました。 星好きの人がいたら良かったでしょうね。
ここまでの雑記はほぼ事実を記しただけなので、落ち穂拾い的に残りの雑感をば。 Eggsさんも書いているけど、やっぱり以前にくらべて「ビール」への欲求をはじめ、飲食物摂取の勢いが全体的に低下していますね。 2日目の夕食なんかだと、大人8名でごはん6合ぐらいか。まあ、日常とそんなに変わらない程度ですか。でもカレーだしなあ。 行きの昇り道は、個人的にはもっと楽勝かと思っていたのだけど(このごろ運動してるので)、やっぱりというか昇りはじめはペースが掴めずに一瞬気持ち悪くなった。でも、すぐに回復した。 下りは、Eggsさんにストックを貸してもらったのが非常に助かった。それでも1回こけたけど。 なぜか股ずれを起こして2日目以降は歩くのがつらかった。海パン(短パン)をずっとはいてるといけないらしい。zippさんも股ずれだといっていた。 グリーナリーは3日目の朝7時前に来た。(テントサイト前を通過。)グリーナリーの小屋前に洗濯物を吊るしっぱなしだったが案の定なんか言って来たようだった。(Eggsさんが対応したらしい)けど、それほど摩擦にもならないようだ。向こうも緊張感がないのだろうか。 中電が芦浜をまだあきらめていないことは、インフォメーションセンターでの所員の説明にも感じ取れた(誘致活動は「世論の向い風により一時休止」らしい)。
5.帰りの漁船 さて、佐藤工務店がねん挫し、帰りに山道を歩くのが困難とのことで、漁船をチャーターすることになった。2日めで月曜から仕事のために帰るという辻村さんというウラシマプロの友だち?に頼んで、錦で漁船チャーターをお願いする。3日目の昼1時ごろ来てもらう心づもりであった。 しかし、時期が盆休みに近いし、ほんとにチャーターできたかどうかは漁船が来てみないとわからない状態だった。 3日目の朝、8時ごろ、浜に船が近付いて来てなんか叫んでいる。潮の関係とかで午後はアプローチが難しいとかで、いま乗ってほしいとのこと。ということで即座に撤収にかかる。 約1時間で撤収作業を完了、9時すぎに漁船に乗り込み、約15分の航海で錦到着。漁船は快速で、爽快きわまりなかった。 乗船者は9名全員で、チャーター費用は2万円だった。もっとも、今回は怪我人が出たので特別に出したとのこと。 船宿の某旅館で風呂につかってから、みんなで大宮町の喫茶リーフへ向かった。(zippさんと私は、錦を出発するまえに中電のインフォメーションセンターなる建物に潜入。妙な絵巻物風の原発推進パンフ2種類をゲット。) 6.3日目の昼食 3日目、なにも食べずに引き上げて来たので、リーフさんに許可を得て木の実館の前を借りて残ったカレー、ごはん、パン等を食べつくす。 カレーがおいしかった。 そのあと、リーフに入ってアイスコーヒーや氷水などを飲み、1時すぎにみな帰途についた。 7.交通 東京・埼玉←→大宮町 はだいたい7時間半~9時間で行けるようだ。(高速道路利用) 運転手2名だと楽勝。私は、行きは八王子~恵那峡、帰りは大宮町~恵那峡、と、結局片道ずつ分担したことになる。 片道の高速代は1万1千円ぐらい、ガス代は片道4千円ぐらい。
このままだと日々に埋もれて行くだけのようなので備忘のためにも。 1.佐藤工務店デルート 1時すぎに福羅公園を出発。だいたい2時半ごろには芦浜到着するも、昨年初参加で到着が4時半だったという佐藤工務店さんが、夕食の準備がはじまり日が暮れて来ても到着せず。 7時すぎ、zippさんが捜索に向かう。9時まえ、山の中で灯がチラチラする。zippさんと思っていたら、しばらくして山側から佐藤工務店が、ゆらりと出現。Tシャツにブリーフ姿、手足は擦り傷だらけの異様なさまであった。 話を聞くに、昇り途中で何回か睡眠をとって、ビールが丘まで来たが、そこで下りの道を間違えた。しばらくしてから丘まで昇って来たがそこで日没、正しい道を下りはじめたものの途中で道がわからなくなり、山の斜面の林の中を下って来たとのこと。途中で何回も転げてねん挫。 荷物は命にかえられないので途中で放棄してきた。 ほんとによく命があったものだと思う。(荷物は、翌日、荷物捜索隊が発見。) 2.天気、海、池 天気は暑すぎず心地よかった。とくに夜は涼しく快適に過ごせた。 海はやや波があった。私は10分ほどしか入らなかった。(水が怖い?) 池、中心部(といっても大部分だと思う)の底が異常に熱い。40度以上はある。水面はそれほどでもない。普通は水面の方が温度が高いのに。そのあたりの貝は死滅しているようだった。一説によると腐敗による熱発生とのこと? 台風で海との水路が絶たれて水が減っているとのことだが、このままでは池は死んでしまうのではないかと不安に思う。 沿岸部は、水が湧き出ているせいか比較的冷たく心地よい。貝もまだたくさんいるようだ。 3.水場 グリーナリーの小屋脇の水場はいつものとおり涼しげで良い場所だった。山道の水場は、地蔵の水場以外は切れていた。地蔵の水場は相変わらずおいしい。 4.食事・酒 1日め夕食:肉・野菜のホイル焼き 2日め昼食:流しそうめん 2日め夕食:カレー いつからか上記がほぼ定番なのかな。ホイル焼きは非常においしい。野生のハーブ(サンショウの葉っぱ)を入れたのが最高。 カレーも良くできた。 流しそうめんも楽しく、おいしかった。 ここで一旦流します。
つーたさんお元気なようでなにより。 http://www.pen.co.jp/syoseki/syakai/0254.html ←これですね。使ってはいけない空港って観念持ってる人まだそれなりにいますね。私は別に思い入れそれほどないんですけど。 まあ外国に用事を作っちゃった時点で、便利だろうとそうでなかろうと、空港利用するのはしょうがないですな。
つるた@マニラネットカフェ です。 昨日の夜に出発して、下記にある貯水を開始した ダムを見に行く予定だったのですが、 ちょっと飲みすぎて、今夜、出発します。 >zippさま そう、使ってはいけない空港はそれです。 七つ森とかいう本屋で出ている2期工事・暫定滑走路に反対する本に ぼくも少しだけ書いてるんですが。 台湾経由という話を知り合いにしたら、 使ってはいけない空港から、行ってはいけない国に行くのね、 と言われたりもしました。はい(とほほ) これから、フィリピン大学での先住民の人の集会に行きます。 Subject: (速報) サンロケダムで強制立ち退き/貯水開始 Reply-To: SRtour_2001@egroups.co.jp 皆様、 お世話になっております。波多江@FoE Japanです。 「フィリピン・サンロケダムの貯水が昨日始まった」との報告を今朝、国際協力 銀行から受けました。 現地での「強制立ち退き」の事実が判明し、昨日、国際協力銀行に抗議をした矢 先の出来事だっただけに、私たちも強い憤りを禁じえません。 今日の夕方、7名の国会議員からご賛同いただいた「貯水停止と融資凍結につい ての要望書」をFoE Japanから日本政府、国際協力銀行に提出したことも含め、 以下、強制立ち退き/貯水の開始をめぐってのご報告です。 =============================== フィリピン・サンロケダム 貯水開始 国際協力銀行は「強制立ち退き」の事実を否定 8月8日、数多くの問題が指摘されてきたフィリピン・サンロケ多目的ダムの貯 水が開始されました。これは、貯水の開始に立ち合った国際協力銀行が9日朝、 日本の国会議員への報告の中で明らかにしたものです。 サンロケダムの建設現場があるパンガシナン州では、8月7日、貯水の予定地で 生活を送ってきた住民が、「7月下旬に強制立ち退き」させられた事実を記者会 見で発表したばかり。これまでも住民の反対の声に真摯に耳が傾けられることな く事業が進んできましたが、今回も、「強制立ち退き」の抗議の声は事業者、 また、融資者である日本政府/国際協力銀行に届くことなく、貯水が開始されて しまう結果となりました。 住民の話では、7月下旬、重武装した軍服姿の男約7人を連れた事業者が、3回 に分けて「強制立ち退き」を敢行。住民らは為す術もなく、家から引きずり出さ れました。着の身着のままで、その場からヘリコプターで連れ去られた人もいた ようです。ダムの建設現場周辺の住民は現在、非常に大きな恐怖感とともに生活 を送っています。 事業者のこの暴力的な行為について、国際協力銀行は国会議員との会合の中で 「現地からは、立ち退きにあたってトラブルはなかったと報告を受けている。 暴力的な手段に訴えるような『強制排除』もなかった。」と回答。貯水に関して も、「貯水の開始に踏み切るにあたって解決されなければならない問題は何もな く、底流口をふさぐ作業もJBICの立ち会いの下、平和裏に行なわれた。」と主張 しました。 しかし、これまで、この事業の影響を受ける先住民族や住民は ①先住民族の 合意の欠如(フィリピン先住民族権利法の違反)、②自治体の合意の欠如(フィ リピン地方自治法の違反)、③被影響住民の生活再建の失敗――などの問題を解 決する唯一の手段として、貯水の中止を求めてきました。その貯水が開始された ことは、現時点で事業者が問題の解決を放棄したことと同じです。 また、7月5日、公共事業チェック議員の会が日本政府および国際協力銀行へ融 資凍結を申し入れたことに対し、7月26日、国際協力銀行の丸川理事から「貯水 を始めるにあたり、対話を継続すること、また、強制排除は絶対にしないとの確 認をフィリピン政府からとった。」との回答がありました。その貯水の開始前の 段階で、すでに「強制排除」が起こっていた事実は、日本政府および国際協力銀 行の認識の甘さを示しています。 国際協力銀行は今年4月、新しい環境社会配慮のためのガイドラインを制定 し、その部分施行を10月に控えています(全面施行は2003年10月)。その前向き な姿勢とは裏腹に、依然として、サンロケダムのような杜撰な事業への融資を継 続している事実。今後のガイドラインの適切な運用に、大きな疑問が残る形とな りました。 ※FoE Japanは貯水の開始の報告を受けた8月9日、貯水の日程が明確に公開さ れないまま貯水が開始されたことに対し、強い懸念を表明し、①フィリピン 政府への貯水停止の申し入れ、②強制立ち退きの事実関係の究明、③残りの 融資の凍結、④住民が懸念している多くの問題の解決――を求める要望書を 塩川正十郎財務大臣および篠沢恭助国際協力銀行総裁宛てに提出しました。 この要望書には、7名の国会議員も緊急でご賛同いただいています。 →→より詳細な情報はWEBサイトをご覧ください。 http://www.FoEJapan.org/aid/jbic02/sr/index.html 転載ここまで では。
"ど"の時折です。 昨晩10時半頃、無事帰玉しました。 Eggsさんに高速渋滞で抜かれたものの(?)、すぐ渋滞は解消。 芦浜帰りで未明にならずに帰れたのは始めてですね。 これも芦浜新伝説のおかげ!? 天候・気候も丁度良く、基本的にとても快適なキャンプでした。
昨晩22時頃には無事帰ってこれました。 PCを起動しようとしたら、ディスクの調子が悪くなっていたのですぐには読み書きできませんでした。 先ほど一部復旧。 後ほど詳しく書きますが、箇条書き。 ・下道は思ったよりも遅く、高速はちゃんと速い。 ・天気には非常に恵まれた。そのかわり、移動中には良く雨に降られた。 ・ゆっくり歩けば、山道はそれほど大変ではない。ストック(つえ)は偉大。 ・みな歳をとってきたのか、いつも料理は余り気味だった。 ・装備の問題か、ぜんぜん深く潜れなかった。(2~3m程度まで) ・ビールが無くても意外に生活できる。 ・H女史はお姫様なのだと思った。(あまり深い意味は無いです) ・僕のバイクは相変わらずとても重いので注意が必要である。 ・帰りの高速で、「ど」の車と遭遇できた。 久しぶりの芦浜は思ったよりも色々新鮮でした。 余計なものは持っていかなかったのも良かったと思う。 海は暖かく、いくらでも浮かんでいられた・・・クラゲさえ居なければ。